推理小説家江戸川乱歩の名言14選:人間心理を映す珠玉の言葉

江戸川乱歩はどんな人物?

人物名 江戸川乱歩
本名 平井 太郎
生年月日 1894年10月21日
没年月日 1965年7月28日
享年 70歳
国籍 日本
職業 推理作家、怪奇・恐怖小説家
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江戸川乱歩、本名平井太郎は、1894年に三重県名張市で生まれました。

彼は日本の推理小説界を代表する作家であり、その作品群は今なお多くの読者を魅了しています。

幼少期から読書に親しみ、特に西洋の探偵小説に強い関心を抱いていました。
早稲田大学政治経済学部を卒業後、新聞記者や翻訳家など多様な職業を経験しながら、創作活動を開始します。

1923年、彼のデビュー作「二銭銅貨」が雑誌『新青年』に掲載され、これが日本初の本格的な探偵小説として高い評価を受けました。

続く「D坂の殺人事件」や「心理試験」などの作品では、緻密なトリックと独特の心理描写で読者を引き込みます。
彼の筆致は、単なる謎解きにとどまらず、人間の深層心理や社会の暗部を鋭く描き出していました。

1930年代に入ると、乱歩は少年向けの作品にも力を注ぎます。

特に「少年探偵団」シリーズは、主人公の明智小五郎と少年探偵団が怪人二十面相と対決する物語で、多くの子供たちの心を掴みました。

これらの作品は、後の日本の少年漫画やアニメにも多大な影響を与えています。

戦時中は執筆活動を一時中断せざるを得ませんでしたが、戦後に再び創作を再開。探偵小説の普及と発展に尽力し、日本推理作家協会の設立にも関与しました。

また、海外のミステリー作品の紹介や評論活動も行い、日本の推理小説界全体のレベルアップに寄与しています。

乱歩の作品は、単なる娯楽小説にとどまらず、人間の欲望や狂気、社会の矛盾などを巧みに描き出しています。

彼の描く独特の世界観と緻密なプロットは、現代の読者にも新鮮な驚きと興奮を提供し続けています。

江戸川乱歩は、日本の推理小説の礎を築いた偉大な作家として、その名を歴史に刻んでいます。

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江戸川乱歩の名言一覧

1.

学校は地獄であった。そのために、私は社会生活を嫌悪し、独りぼっちで物を考える癖が、ますます嵩じて行った。

– 江戸川乱歩 -7422

2.

会話を好まず、独りで物を考える、よくいえば思索癖、悪くいえば妄想癖が、幼年時代からあり、大人になっても、それがなおらなかった。

– 江戸川乱歩 -7423

3.

男というものは、少々陰険に見えても、根性はあくまでもお人よしにできているものだ。そして、女というものは、表面何も知らないねんねえのようであっても、心の底には生まれつきの陰険が巣くっているものだ。

– 江戸川乱歩 -7415

4.

現世(うつしよ)は夢 夜の夢こそまこと。

– 江戸川乱歩 -7419

5.

結局、妥協したのである。もともと生きるとは妥協することである。

– 江戸川乱歩 -7420

6.

昼は夢 夜ぞうつつ。

– 江戸川乱歩 -7414

7.

郷田三郎さん…君は正気を保たなくてはいけませんよ 犯罪と云う怪物を相手にする時は自らが怪物と化さぬよ気をつけねばならない 闇を覗こうとする時闇もまた君を見ていると云う事を心に留めておきたまえ。

– 江戸川乱歩 -7421

8.

推理の興味を充分満足させながら、リアルな小説を書くということです。それが理想です。長編の『点と線』などは、その理想に近づいている。ぼくがあなた(松本清張)の出現を画期的といったのはその意味ですよ。

– 江戸川乱歩 -7416

9.

運命の鬼めは、甘い獲物を与えて、人の心を試すのだ。

– 江戸川乱歩 -7424

10.

「なぜ神は人間を作ったか」というレジスタンスの方が、戦争や平和や左翼よりも百倍も根本的で、百倍も強烈だ。

– 江戸川乱歩 -7426

11.

孤独に徹する勇気もなく、犯罪者にもなれず、自殺するほどの強い情熱もなく、結局偽善的に世間と交わって行くほかはなかった。

– 江戸川乱歩 -7418

12.

たとえ、どんなすばらしいものにでも二度とこの世に生れ替って来るのはごめんです。

– 江戸川乱歩 -7425

13.

病床ほど孤独の楽しみを教えるものはない。氷嚢、体温計、苦いけれど甘い水薬、熱病の夢、即興詩、石盤石筆と、紙と筆と、そして絵と、絵文字と、この豊富な魅力が彼を病床に、引いては病気そのものに惹きつけた。強いて病気になろうとする気持さえ芽生えてきた。

– 江戸川乱歩 -7413

14.

自分ではつまらないと思っても、編集者がやいのやいのといってくれるあいだ、原稿稼ぎをしてやろう。売文業を大いにやろうと考えるに至ったのである。

– 江戸川乱歩 -7417