古今亭志ん生 (5代目)はどんな人物?
人物名 | 古今亭志ん生 |
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本名 | 美濃部 孝蔵 |
生年月日 | 1890年6月5日 |
没年月日 | 1973年9月21日 |
享年 | 83歳 |
国籍 | 日本 |
職業 | 落語家 |
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- 五代目古今亭志ん生(本名:美濃部孝蔵)は、1890年6月5日、東京・神田に生まれました。
旗本の家系に生まれるも、家庭は貧しく、幼少期から寄席に親しむ環境で育ちました。
小学校を中退後、奉公や放浪を繰り返しながら、芸事への興味を深めていきます。1907年頃、三遊亭圓盛のもとで「盛朝」を名乗り、セミプロとして落語の道を歩み始めました。
その後、1910年に二代目三遊亭小圓朝に正式入門し、「朝太」の名でプロの落語家としてのキャリアをスタートさせます。
しかし、売れない時期が長く続き、生活は困窮を極めました。この間、数多くの改名を重ね、講釈師への転身や他門への移籍など、試行錯誤の日々を送りました。
1939年、五代目古今亭志ん生を襲名。
戦時中の1945年には、慰問団の一員として満洲へ渡りますが、終戦により帰国が困難となり、現地で過酷な生活を強いられました。1947年に帰国を果たすと、その経験が話題となり、一躍注目を集めます。
以降、寄席やラジオ出演などで活躍し、戦後の落語界を代表する存在となりました。志ん生の芸風は、飄々とした語り口と独特の間合いが特徴で、聴衆を引き込む魅力を持っていました。
代表的な演目には「火焔太鼓」「黄金餅」「富久」などがあり、これらの演目は現在でも多くの落語ファンに親しまれています。
また、1956年には『お直し』の口演で芸術祭賞を受賞し、その実力が高く評価されました。
1961年、高座中に脳出血で倒れ、以後は半身不随となります。
それでも釈台を用いるなど工夫を凝らし、高座を続けました。1964年には紫綬褒章、1967年には勲四等瑞宝章を受章し、その功績が讃えられました。
しかし、1968年を最後に高座から遠ざかり、1973年9月21日、83歳で逝去しました。志ん生の影響は計り知れず、長男の十代目金原亭馬生、次男の三代目古今亭志ん朝も共に名高い落語家として活躍しました。
彼の自由奔放な語り口と人間味あふれる演技は、多くの人々に愛され、今なお落語界における伝説的存在として語り継がれています。
古今亭志ん生 (5代目)の名言一覧
1.
貧乏に苦しみながら、今になんとかしてやると希望を持って生きていくところに、また言うに言われぬ面白みがあるもんですよ。
– 古今亭志ん生 -7368
2.
腹の虫てぇ奴はえらいもんで、食べ物だけじゃなく、何でもちゃんと知ってやがる。
– 古今亭志ん生 -7366
3.
酒がいちばんいいね。酒というのは人の顔色をみない。貧乏人も金持ちも同じように酔わしてくれるんだ。あいつは酔わせないよ、なんて言わねえとこがいい。
– 古今亭志ん生 -7373
4.
噺家(はなしか)になれ!!扇子一本でどこだってメシが食えらあ!
– 古今亭志ん生 -7369
5.
あたしはちょうど、うちにおったなめくじみたいに、切られようが突かれようがケロンとして、ものに動ぜず、人に頼らず、ヌラリクラリと、この世の中の荒海をくぐり抜けて、やっとこさ今日まで生きてきたんですよ。
– 古今亭志ん生 -7377
6.
貧乏はするもんじゃありません。味わうものですな。
– 古今亭志ん生 -7367
7.
ものごとっていうのは、嬉しい事が起きる前には必ず心配事や悲しいことが起こるもんなんですよ。
– 古今亭志ん生 -7376
8.
芸人てえのはな、売れてるときはわがままでいいんだ。売れなくなったら、いくら八方美人をしていても捨てられる。
– 古今亭志ん生 -7374
9.
世の中に女ほどしょうのないものはありません。やさしく言えば図にのぼせる、小言を言えばふくれる、叩けば泣く、殺せば化けて出る。
– 古今亭志ん生 -7371
10.
本当に芸に一身をぶち込んでやれば、 眼のある人はきっと見てくれます。
– 古今亭志ん生 -7365
11.
「出世をしようの、いい真打ちになろうのという考えは無い。ただこれが好きなんで、はなしを覚えた」
– 古今亭志ん生 -7378
12.
他人の芸を見て、あいつは下手だなと思ったら、そいつは自分と同じくらい。同じくらいだなと思ったら、かなり上。うまいなあと感じたら、とてつもなく先へ行っている。
– 古今亭志ん生 -7370
13.
寄席は学校じゃねぇんだ。間違えたって、直したりしちゃいけねぇ。そのまま通しちまうんだ。
– 古今亭志ん生 -7375
14.
上の者にかわいがられて引き上げてもらったって、それは自分の力じゃない。八方敵だらけになって爪弾きにされてもいい、自分の力で上がってゆこうと思った。
– 古今亭志ん生 -7372