牧野富太郎の30の名言・格言を紹介: 植物学の父の叡智と情熱

牧野富太郎はどんな人物?

人物名 牧野富太郎
英語名
生年月日 1862年5月22日
没年月日 1957年1月18日
享年 94歳
国籍 日本
職業 植物学者
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牧野富太郎は、日本の植物学の父として知られる偉大な学者で、彼の業績は日本の植物学界に多大な影響を及ぼしました。

1872年の生まれから1964年の逝去まで、彼は多くの植物に関する研究を行い、新種の植物の発見や詳細な記述、図鑑の作成などで知られています。

彼の研究は、日本の植物学の発展を大きく推進し、後の植物学者たちの指針となった。彼の関心は、植物の分類や生態だけでなく、植物の利用方法や文化的な側面にも及んでいたため、彼の研究は人類学や文化史の分野にも影響を与えています。

彼の業績は多くの賞や称号で認められ、日本学士院賞や文化勲章などの賞を受賞。彼の名を冠した植物園や博物館も各地に存在し、彼の業績を後世に伝える活動が続けられています。

彼の研究方法や哲学は、現代の植物学者にも多大な影響を与えている。
植物をただの研究対象としてではなく、生命として、また文化的な側面も考慮に入れる彼のアプローチは、現代の植物学の基盤となっています。

普及活動にも熱心で、一般の人々に植物学の魅力や重要性を伝えるための講演や著書を多数手がけた彼は、植物学者だけでなく、多くの人々に広く知られる存在となった。

彼の業績や考え方を学ぶことで、私たちは植物や自然に対する新しい視点を得ることができ、今後も多くの研究者や学者に影響を与え続けるでしょう。

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牧野富太郎の名言一覧

1.

人間に思い遣りの心があれば天下は泰平で、喧嘩も無ければ戦争も起るまい。故に私は是非とも草木に愛を持つ事をわが国民に奨めたい。

– 牧野富太郎 -9069

2.

朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまもない

– 牧野富太郎 -9062

3.

私は従来学者に称号などは全く必要がない、学者には学問だけが必要なのであって、裸一貫で、名も一般に通じ、仕事も認められれば立派な学者である、学位の有無などでは問題ではない、と思っている。

– 牧野富太郎 -9077

4.

私は植物の愛人としてこの世に生まれ来たように感じます。あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。

– 牧野富太郎 -9076

5.

今では私と花との恋は、五十年以上になったが、それでもまだ醒めそうにない。

– 牧野富太郎 -9083

6.

私はまだ学界のために真剣に研究せねばならぬ植物を山のように持っているのに、歳月は流れわが齢余すところ幾ばくもない。感極まって泣かんとすることが度々ある。

– 牧野富太郎 -9080

7.

少し位知識を持ったとてこれを宇宙の奥深いに比ぶればとても問題にならぬ程の小ささであるから、それは何等鼻にかけて誇るには足りないはずのものなんです。

– 牧野富太郎 -9071

8.

人生まれて酔生夢死(すいせいむし)ほどつまらないものはない。大いに努めよや、吾人!生きがいあれや吾人!

– 牧野富太郎 -9067

9.

私はむしろ学位など無くて、学位ある人と同じ仕事をしながら、これと対抗して相撲をとるところにこそ愉快はあるのだと思っている。

– 牧野富太郎 -9079

10.

私は天性植物が好きだったのが何より幸福で、この好きが一生私を植物研究の舞台に登場させて躍らせた。

– 牧野富太郎 -9074

11.

花は黙っています。それだのに花は何故あんなに綺麗なのでしょう。何故あんなにも快く匂っているのでしょう。思いつかれた夕など窓辺に薫る一輪の百合の花をじっと抱きしめてやりたい様な思いにかられても、百合の花は黙っています。そして一寸も変らぬ清楚な姿で、ただじっと匂っているのです。

– 牧野富太郎 -9085

12.

人間は足腰の立つ間は社会に役立つ有益な仕事をせねばならん天職を稟(う)けている。それ故早く老い込んではオ仕舞だ。

– 牧野富太郎 -9068

13.

青年は是非酒と煙草をやめて欲しい。人間は健康が大切である。われらは出来るだけ健康に長生きをし、与えられたる使命を重んじ、その大事業を完成しなければならぬ。身心の健全は若い時に養わねばならぬ。

– 牧野富太郎 -9066

14.

わが姿たとえ翁と見ゆるとも心はいつも花の真盛り

– 牧野富太郎 -9090

15.

草木は私に取っては唯一の宗教なんです。

– 牧野富太郎 -9064

16.

草を褥(しとね)に木の根を枕、花と恋して九十年

– 牧野富太郎 -9065

17.

私は草木の栄枯盛衰を観て人生なるものを解し得たと自信している。

– 牧野富太郎 -9075

18.

植物を愛することは、私にとって一つの宗教である。

– 牧野富太郎 -9070

19.

雑草という草はない。

– 牧野富太郎 -9081

20.

大学を出て何処へ行く?モウよい年だから隠居する?トボケタこと言うナイ、われらの研究はマダ終わっていないで尚前途遼遠(ぜんとりょうえん)ダ。マダ自分へ課せられた使命ははたされていないから、これから足腰の達者な間はこの闊(ひろ)い天然の研究場で馳駆(ちく)し、出来るだけ学問へ貢献するのダ。

– 牧野富太郎 -9063

21.

私は飯よりも女よりも好きなものは植物ですが、しかしその好きになった動機というものは実のところそこに何にもありません。つまり生まれながらに好きであったのです。

– 牧野富太郎 -9073

22.

花に対すれば常に心が愉快でかつ美なる心情を感ずる。故に独りを楽しむ事が出来、あえて他によりすがる必要を感じない。故に仮りに世人から憎まれて一人ボッチになっても、決して寂寞(せきばく)を覚えない。実に植物の世界は私にとっての天国でありまた極楽でもある。

– 牧野富太郎 -9086

23.

家守りし妻の恵みやわが学び世の中のあらん限りやスエコ笹

– 牧野富太郎 -9087

24.

これから先も私の死ぬるまでも疑いなく私はこの一本道を脇目もふらず歩き通すでしょう。

– 牧野富太郎 -9091

25.

われら人間はまずわが生命を全うするのが社会に生存する第一義で、すなわち生命あってこそ人間に生まれ来し意義を全うし得るのである。

– 牧野富太郎 -9089

26.

私は幸い七十八歳の今日でも健康には頗(すこぶ)る恵まれていますから、これからの余生をただひたすらわが植物学の研究に委ねて、少しでもわが植物学界のために貢献出来れば、と念じているばかりです。

– 牧野富太郎 -9078

27.

学位や地位などには私は、何の執着をも感じておらぬ。ただ孜々(しし)として天性好きな植物の研究をするのが、唯一の楽しみであり、またそれが生涯の目的でもある。

– 牧野富太郎 -9084

28.

私は標品整理完了の暁には、その一部を日本植物学界のために遺し、また他の一部は欧米の植物学界のために寄贈し、以て世界を利せんことを念願としている。

– 牧野富太郎 -9072

29.

今日戦後の日本は戦前の日本とは違い、脇目もふらず一生懸命に活動せねばならぬのだから、老人めく因循姑息(いんじゅんこそく)な退嬰(たいえい)気分は一切放擲(ほうてき)して、幾ら老人でも若者に負けず働く事が大切だ。

– 牧野富太郎 -9082

30.

何事も心が純正でかつ何時も体が健康で、自ら誇らず、他をねたまず、水の如き清き心を保持して行くのは、神意にかなうゆえんであろう。

– 牧野富太郎 -9088