山岡鉄舟の名言20で学ぶ、幕末の剣士の深い智慧とその影響

山岡鉄舟はどんな人物?

人物名 山岡鉄舟
英語名
生年月日 1836年7月23日
没年月日 1888年7月19日
享年 52歳
国籍 日本
職業 幕臣、剣術家、明治期の官僚、政治家
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山岡鉄舟は、幕末から明治時代にかけて活躍した多才な人物でした。

江戸本所の武家に生まれ、幼少期から剣術や槍術を学びました。
特に神陰流や北辰一刀流などの剣術で才能を発揮し、著名な剣客として名を馳せました。

また、彼は書道や禅にも精通しており、これらの技芸で高い評価を受けています。

鉄舟の武術家としての才能は、幕末の動乱期に大いに役立ちました。
彼は清河八郎と共に浪士組を結成し、江戸無血開城の立役者となりました。

この功績は、彼が徳川慶喜の使者として駿府に赴き、西郷隆盛との間で交渉を行ったことによります。
これにより、江戸は無血で新政府に移行することができました。

明治維新後、山岡鉄舟は政府の要職を歴任しました。
彼は静岡藩の権大参事、茨城県や伊万里県の権令などを務め、明治政府の基盤固めに貢献しました。

また、明治天皇に10年間仕え、侍従としての立場から幾度も忠言を行いました。彼の直言無礼ながらも誠実な姿勢は、多くのエピソードとして今も語り継がれています。

彼の功績は、1887年に子爵に叙されることで公的に認められました。

そして、1888年7月19日、山岡鉄舟は皇居に向かう途中、胃癌によりこの世を去りました。
彼の葬儀には5000人もの人々が参列し、明治天皇も高殿から彼を見送ったと伝えられています。

山岡鉄舟は、剣術、政治、文化など多方面にわたって顕著な業績を残した人物です。
彼の生涯は、幕末から明治にかけての日本の動乱期を象徴するものであり、今日でも多くの人々に影響を与え続けています。

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山岡鉄舟の名言一覧

1.

真理であるものは彼とこれとを隔絶分割するものではない。しかもよくかれこれ相通じて存すること、彼の太陽の幽谷と村落とにへだてないというけれども、しかも幽谷にあっては幽谷を照らし、村落にあっては村落を照らし、決して相違しないようなものである。

– 山岡鉄舟 -7810

2.

人のこの世の中に処するには、必ず大道を履行しなければならない。

– 山岡鉄舟 -7807

3.

善きところはどしどし取って、これを食い、かつこれを消化して、わが物とせよ。もしわが日本国体には、食中毒と見たなら、我が国の領海に着かない中に、航海中に海に斬り捨てよ。

– 山岡鉄舟 -7804

4.

もののふ(武士)というものは、出所進退を明らかにし、確乎として自己の意志を決した以上は、至誠もって一貫するのが、真の武士でまた武士道でもある。

– 山岡鉄舟 -7818

5.

宇宙と自分は、そもそも一体であり、当然の帰結として、人々は平等である。天地同根、万物一体の道理を悟ることで、生死の問題を越え、与えられた責務を果し、正しい方法に従って、衆生済度の為に尽くす。

– 山岡鉄舟 -7816

6.

剣法を学ぶ所以は、ひとえに心胆練磨。もって、天地と同根一体の理を果たして、釈然たる境に、到達せんとするにあるのみ。

– 山岡鉄舟 -7814

7.

物には天地を初め万物みな首尾本末のあるものである。今日は科学の研究が進んできたから、青年達はよく拙者の言う首尾本末とか、道だとかいうことを科学的に実験し、帰納的に案出して見るとよい。十分に勉強して道理を理解すれば、迷霧の誤りを開くことができるものだ。

– 山岡鉄舟 -7801

8.

心身ともに忘れ、自ずから天地万物、一筆に帰するの妙。

– 山岡鉄舟 -7811

9.

自然は教師なり、自然を眺めて学び、自然に即して考える。

– 山岡鉄舟 -7813

10.

諸行無常のならいにて、因果は車の輪のごとく、密接不離のものである。

– 山岡鉄舟 -7812

11.

金を積んでもって子孫に遺す。子孫いまだ必ずしも守らず。書を積んでもって子孫に遺す。子孫いまだ必ずしも読まず。陰徳を冥々の中に積むにしかず。もって子孫長久の計となす。

– 山岡鉄舟 -7815

12.

人である以上は、なにびとに限らず人の本分を尽くさねばならない。人間である以上は、他の動物と異なる人間らしい道を歩まねばならない。

– 山岡鉄舟 -7809

13.

人には必ず信心という大磐、すなわち宗教心が第一である。

– 山岡鉄舟 -7808

14.

道は千載不滅だよ。いかなる大敵でも、道には勝てぬ。

– 山岡鉄舟 -7803

15.

無刀とは、心の外に、刀が無いこと。敵と相対するとき、刀に拠ることなく、心を以って心を打つ、これを無刀という。

– 山岡鉄舟 -7800

16.

武士は義のためには、たとえ貧に処するも厭わず、不義のためには、富貴であっても好むところではない。

– 山岡鉄舟 -7802

17.

およそ大凡人たるものは、誠忠が肝要である。ゆえに時変に接しては死を見ること帰するがごとき確固たる心胆を動かさぬように鍛練が第一である。

– 山岡鉄舟 -7819

18.

人は至誠をもって四恩の鴻徳を奉答し、誠をもって私を殺して万機に接すれば、天下敵なきものにして、これがすなわち武士道である。

– 山岡鉄舟 -7806

19.

一国を治めるものは、まず手近く自身からしなければならない。親子兄弟一族の治めがついて、さしつかえがないというに至ったならば、この秘法はたちまちに万機に応じることができる。

– 山岡鉄舟 -7817

20.

晴れてよし、曇りてもよし、富士の山、もとの姿は、変わらざりけり

– 山岡鉄舟 -7805